現地資料館7
倉見〜ウッディハウス加茂
御覧くださった方が何かの参考になれば幸いです。
![]()
それでは出発!

下の赤丸、荒坂峠から倉見まで相当距離は離れてます。
当時の荒坂山続きの峠道(歩道)は人間が両手広げたくらいの狭い道(菊代さん情報)だったらしいです。
荒坂山からの倉見越へでお墓に行く元気は睦雄君でもくじけてしまいます!?
![]()

倉見手前片側通行に信号待ちもろ引っかかり3分まじめに待ったけど対向車無し!!

煙草吸い休憩で前回紹介した黒木ダム展望台へ

ほ〜っ、とりあえず黒木ダム学習

この展望台は総木作りでおしゃれだけど一人の人間が最上階で足ふんばってゆらすと、とても揺れます。
20人くらいが揺らすとこの建物、崩れる事間違いなし??

本日は景色も抜群、新緑もあざやかです。

キャンプ場まできました。
![]()
お墓の前の都井(本家)の田んぼ(5月14日田植え)

上手な植え方で苗も真っ直ぐ並んでいます。

こんにちは!都井家のご先祖の皆様。

ご挨拶いたしまして、早速、お参りいたします。

まずは渇きを潤してもらいます。お水持参でまいりました。

お花、お線香もお備え

しょぼいホームページですが睦雄君のおかげでやらせてもらっている感謝の気持ちです。

何てことでしょう!!後ろに生えている熊笹が墓石までせまっています。

・・・。

とりあえず、お参りいたします。

今後もよろしくお願いいたしますetc....。

お参りした後目に付いた周りの雑草を刈りました。

お墓の前の田んぼで植え継ぎしている発見!

菊代さんの娘さんにご挨拶に行こうと思いきやっばーちゃん登場!

こんにちわ!勝手にお墓に挨拶させてもらってすいませんと話しかけました。

「私はあまり睦雄さんのこと詳しくないからあの人(母親)に聞いて」

3分くらいおしゃべりしました。作業の手を止めてごめんね!
写真はポケットに缶コーヒー入れているところです。

このばーちゃんが睦雄君のお墓を管理している菊代さんです。

ダーマーファイルのインタビューされてる方、本人です。

倉見で唯一当時の事件の事について(旦那さんとその姑さんから事件の話しを受け継いで)の語り部さんです。
お話の内容は石川清さん著、『津山三十人殺し 最後の真相』でご確認ください。

何で杖二つも持ってんの?武器?

稲の苗床で盗難にあって、盗まれた杖は戻ってきたけど心配で持ち歩いているそうです。
娘さんからの大切なプレゼントだそうです。

大先輩のばーちゃん、私達若い者は下から目線でのお喋りは鉄則です。

ちなみに、当時は津山に行くのは「荒坂山」を歩いていくのが支流で、都井家氏子の「中山神社」にはその道を何度も歩いて行っていたそうです。
近年まではお参りの後は親類のみな子さんの「うどん屋」で食事するのがならわしだったそうです。(菊代ばーちゃん談)

あまり今回は津山事件とは関係無いことばかり、1時間くらいおしゃべりしました。
(事件のことでばーちゃんが知っている事はプライベート系が多く
アップしてませんが自分の興味があることは聞きつくした??・・・かな??)

最近の出来事はの一度も来たことがなかったみな子さんの息子さんが姫○から睦雄君のお墓にお参りにきたそうです。
石川清さん著、『津山三十人殺し最後の真相』の(233ページ)中での文章が現実になったのでしょうか?

倉見を後にします。

バス停にも自然に「また来るね〜っ!」と独り言挨拶^^。

この道は黒木ダムの真上です。行く途中に上った展望台が見えます。
![]()
鳥取に帰る前にウッディハウス加でお昼しましょう〜♪

今回で二回目の利用です。

玄関も掃除は行き届いてますね。って感想。

あらあら、お昼だと言うのに閑古鳥飼っているのね?

座った所からの窓の景色がこんな感じです。

見上げて客室のドアが丸見え。端は客用の共同トイレ。

入り口入ったらお土産コーナーもあります。

テーブルの上、ソースと醤油がこのテーブルには置いてなかった。
まじ、周りの掃除は行き届いていますよ。オナーが神経質なのでしょうか?

スタミナ定食 1050円
(お肉が筋辺で焼肉のタレをかけただけで肉は固い、お勧めではない)

カツカレー 850円
(値段のわりに箸、スプーンで比較したらわかるが量がショボイ、味が無い抜けたカレー)
![]()
たかが2回の来店で言うのもなんなんですが、まずくて値段が高いお店です。(あくまでも個人意見ですから)
(お店のオナー様、正直でごめんなさい、津山ファンの仲間へは嘘はつけませんm−−m)

鳥取へ帰ります。昼過ぎには家に着きました。
(たいがい、加茂まで車でゆっくりいっても1時間余りくらいです)
今回、睦雄君命日に、感謝の気持ちをこめてお墓参りに行かせていただきました。
(ショショボですが加茂事件のホ−ムペジ作製。(間違った情報、誤字、脱字、多々ですが)
今度はいつ更新できるか分かりませんが歴史的なこの事件に目が止まりこのページにたどり着いた方、
現地に来れない津山ファン仲間がページを通じて何らかのお役にたてたら嬉しく思います。
戻る
記録 2011年5月21日